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大月阿波踊りの歴史



昭和56年 かつての夏の風物詩と言われた七夕祭りに代わる催しを求めて、高円寺阿波踊りを視察
昭和57年 「大月連」として高円寺阿波踊りに初参加
昭和59年 岩殿山かがり火祭りの協賛事業として「第1回大月阿波踊り」を実施。メイン会場は大商協駐車場。
昭和61年 第3回。かがり火祭りの前日を前夜祭、当日を大月阿波踊り大会とし、2日間の祭期となる。
  大月東小校庭に特設ステージを設け、セレモニーや審査会を行う。
  駅前演舞場をピークとし20,000人の観客を集める。
昭和63年 第5回。大商協で第1回ミス松姫コンテストを行い祭りに華をそえる。
昭和64年 第6回。都留市に大名連、真木に雄飛連が誕生。市民会館にて審査会を行う。
  史上最多の23連(1,100人)が参加。
平成3年 第8回。第1回知事賞受賞・神明連。天野知事より知事杯を受ける。
平成4年 第9回。UTY夕やけ情報局に合同連で出演。
平成4年 第10回。JR貨物ヤード跡地にて開催。前夜祭は「ふれあい祭り」として開催。
平成6年 第11回。すその連が参加。警察の指導のもと待望の国道(片側)を踊る。
  東小のふれあい会場に、念願の桟敷(さじき)観覧席を設ける。
平成7年 第12回。秋山市長の逝去に伴い、かがり火祭りは中止となる。
  阿波踊り大会のみ19日(土)に順延して開催。お盆休みと重なり、ふれあい会場は大いに賑わう。
  同じくこの年に逝去された川村会長の功績を称え、佼成連の万灯行列が特別出演する。
平成8年 第13回。相馬会長による最初の大会。
  山中湖湖上祭への出演依頼があり、この年から前夜祭に参加する。
平成9年 第14回。6月に高円寺(東京阿波踊り振興協会)より講師を招いて技術講習会を開催。
平成10年 第15回。昨年に引き続き第2回目の技術講習会を開催。
  小金井から舞龍連が、自主参加。独自の踊りと演奏で楽しませてくれた。
平成11年 第16回。各地より出演や指導の依頼があり、甲西町では熱心に連の編成が計画される。
  荊沢宿夏祭りに本年より名店連が出演。
平成12年 第17回。商工祭りとして前夜祭が復活する。竜王みゆき連が特別参加。
平成13年 第18回。かがり火祭り実行委員会と一体となり、運営の合理化を期す。(寄付金を合同で募る)
  突然の夕立が長びき、審査は史上初のノーコンテストに終わる。
平成14年 第19回。写真コンテスト開催。市内外から多数の応募がある。
  かがり火祭りに、よさこいソーラン踊りが初出演。石和温泉祭り・韮崎市勝頼公まつりに出演。
平成15年 第20回。20周年記念式典・記念演舞が大月市民会館にて開催される。
  20周年記念誌「街が鳴る 心が躍る」が発行される。
平成16年 第21回。台風の影響をうけ初めての順延となり、8月1日(日)に開催。
  バイパス工事の関係から、山梨信金南側駐車場がメイン会場となる。
平成17年 第22回。予算の関係上、高円寺からの招待はこの年の「葵新連」が最後となり、
  企業連としては「東電連」が最後の演技となった。
平成18年 第23回。念願の国道全面使用が可能となる。
  13連参加により国道(駅前~誠実堂)にて大月阿波踊り大会を実施する。
平成19年 第24回。志村会長就任。国分寺連が自主参加し、15連により開催。
  かがり火点火が中止となり、花火は東中から打ち上げられた。
  10月27日(土)「第1回 Awa Dance Festival」が大月市民会館にて初めて開催される。
平成20年 第25回。8月2日(土)開催決定。